
クラミジア肺炎(くらみじあ・はいえん)
「クラミジア」と聞くと、性病を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかしクラミジア菌は性器以外の場所にも感染し、病気を引き起こすこともあります。
クラミジア肺炎は、その名の通りクラミジアが肺に感染することによって起こる感染症です。クラミジア肺炎にかかると、微熱や咳、のどの痛みなど、風邪に似た症状を伴います。子供や高齢者が発症することが多く、日常生活で起こる肺炎(市中肺炎)の約1割がクラミジアによるものといわれます。またクラミジア肺炎には、妊婦から赤ちゃんに母子感染するものもあります。
クラミジア肺炎は、場合によっては重篤な症状に繋がることもある病気です。いざというときしっかりと対処できるよう、クラミジア肺炎について解説していきます。
クラミジア肺炎の原因菌と感染経路

クラミジアは、生物の細胞のなかに寄生することで増殖する細菌の一種です。このような細菌のことを「偏性細胞内寄生菌」といいます。そのクラミジアが肺に寄生することで引き起こされる病気が「クラミジア肺炎」です。
クラミジア肺炎の原因となるのは、「クラミジア・トラコマチス」と「クラミジア・ニューモニエ」の2種類です。同じクラミジアの仲間でも特徴が違うので、それぞれ詳しく解説していきます。
クラミジア・トラコマチス
クラミジア・トラコマチス(Chlamydia trachomatis)は、主に目や性器に感染症を引き起こす細菌です。性器クラミジアの印象が強い菌ですが、肺炎も引き起こす場合がある厄介な菌です。
クラミジア・トラコマチスによる肺炎には、基本的に新生児が感染します。なぜなら、クラミジア・トラコマチスの感染経路は「産道感染」だからです。妊婦がクラミジアに感染していた場合、産道内にクラミジアが繁殖していることがあります。分娩の際、クラミジアが存在する産道を通ることで、新生児も感染してしまうのです。産道感染による新生児の発症率は3%から20%といわれており、生後3か月以内に発症します。
しかし、トラコマチスによって肺炎にかかるのは、赤ちゃんだけではありません。成人でもトラコマチスが肺に感染することがまれにあります。体の免疫力が低下しているときに、性行為などが原因でのどに感染すると、菌が肺にうつりクラミジア肺炎に繋がるのです。
クラミジア・ニューモニエ
クラミジア・ニューモニエ(Chlamydia pneumoniae)は、主に肺で感染症を引き起こす細菌です。クラミジア肺炎を引き起こすのは、このニューモニエが主犯といえます。ニューモニエの感染や肺炎の発症は、どの世代でもみられます。その多くは14才までの子供や高齢者といった、免疫力の低い人です。また、やや男性に多い傾向があります。5才ころからニューモニエに対する抗体の保有率はあがり、成人では約6割といわれています。ニューモニエの抗体を持っているということは、すでに感染した経験があるということです。すなわち、感染自体は珍しいことではありません。
ニューモニエの感染経路は、感染した人の咳やくしゃみからの「飛沫感染」です。空気中に飛んだニューモニエを吸い込むことで感染します。そのため家庭や学校など、人口密度の高い場所では集団感染が発生しやすいのです。ニューモニエが感染してから発症するまで、3週間から4週間の長い潜伏期があります。そのため、感染した人がそのことに気づかないまま生活を送り、周りに感染を広げてしまうことがあるのです。
オウム病もクラミジア肺炎の一種
ほかにクラミジアが原因で起こる肺炎として「オウム病(クラミジア・シッタシ)」があります。クラミジアに感染した鳥類や小動物から人に感染する「人獣共通感染症」で、重い症状を引き起こします。感染経路が異なるため、上の2種とは区別されているのです。
症状

クラミジア肺炎の症状は咳や鼻炎、呼吸困難など、呼吸器系にまつわるものが中心です。
クラミジア肺炎を引き起こすトラコマチスとニューモニエ。それぞれの症状や潜伏期間などを表にまとめました。
クラミジア・トラコマチス | クラミジア・ニューモニエ | |
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症状 |
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備考 | 発症までの潜伏期間は、生後約2週間から12週間(3か月)。 低出生体重児の場合は重症化する場合もある。 |
感染しても症状がでないことが多い。 激しい咳が数週間から数か月続くこともある。 扁桃炎・喘息発作・関節リウマチなどの合併症を起こす場合がある。 上気道から下降する過程で血管に感染し、動脈硬化や冠動脈疾患につながる危険性もある。 |
注意が必要なのは、症状が風邪とよく似ていることです。ただの風邪だと思って放置し、適切な処置を受けないと、慢性化や重症に繋がることもあります。
クラミジア肺炎の症状が風邪の症状と大きく違うのは、以下の2つです。
- 高熱がでない
- 咳が長く続く
風邪のわりには熱があまりあがらない、咳がなかなか治らない、という場合はクラミジア肺炎を疑うべきでしょう。
診断

クラミジア肺炎は、前述の通り風邪と似た症状を起こします。また、同じような症状が出る病気がほかにもたくさんあります。ほかの病気と判別するために行うのが、原因菌を判定する検査です。
画像検査
画像検査では、X線やCTスキャンで肺のなかの様子を確認します。トラコマチスの場合、肺の両側にびまん性(広範囲)の粒状影やすりガラス影が見えます。ニューモニエの場合、肺の中下にぼんやりした影が映り、複数存在することもあります。
マイコプラズマなど、似通った検査結果がでる病気もあります。そのため、画像検査だけでは、クラミジア肺炎かどうか確定することはできません。ここでは肺炎があるかどうかを確認するにとどまります。
血液検査
画像検査で肺炎と分かった場合、次は血液の状態を見ます。クラミジアに感染しているかどうかは、以下の2つの検査項目で確認します。
- CRP(体内で強い炎症が起こっているときに数値が高くなるタンパク質)
- 赤沈(試薬の中で赤血球が沈む速度)
上に挙げた2つの数値が高い場合、クラミジア肺炎であると考えられるのです。
抗体抗原検査
さらに、血液や痰などから菌(抗原)や抗体の有無を調べ、クラミジア肺炎であるか診断します。ここでは、「抗体価測定」と「PCR法」という検査法について簡単に説明します。
抗体価測定では、血清のなかのクラミジアに対抗する「IgM」という抗体の数(抗体価)を調べます。血液中の抗体価が高ければ、クラミジアに感染したことがあるとわかるのです。この抗体価測定にはいくつか種類があります。染色した抗体を追跡して抗原を見つける免疫蛍光法や、酵素で印をつけた抗体で抗原を探すEIA法(酵素抗体法)などです。
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法は、採取物のなかのDNAを増幅させ、微量な検体の中から抗原を見つけます。
クラミジアはいくつかの検査で診断する
クラミジア肺炎は、ひとつの検査法だけで診断するのは難しい病気です。画像検査では、肺炎であることはわかっても、クラミジアが原因かどうかまではわかりません。クラミジアは感染したあと体内の奥に移動してしまうため、抗原検査で見つからないこともあります。また、抗体検査の場合、感染初期にはまだ抗体がつくられておらず、検出されない場合もあります。
このように、ひとつの検査法でクラミジア肺炎と確定することは非常に難しいのです。そのため、複数の検査結果と患者の症状とを併せて総合的に診断します。
治療と予防

クラミジア肺炎の対処は、体内の菌をしっかりと除去し、再び繁殖しないようにすることが重要です。この項では、クラミジア肺炎の治療法と予防法について解説します。
治療
クラミジア肺炎の治療には抗菌薬をつかいます。使用されるのはテトラサイクリン系とマクロライド系です。これらの抗菌薬は、細菌のタンパク質合成を妨げて増殖を抑えます。また、DNA の複製を妨げるニューキノロン系も有効です。
使用される抗菌薬の種類 | 主に処方される製品 | 特徴 |
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テトラサイクリン系 |
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8才以下の子供の場合、歯が黄色く染まるなど、骨の発育に悪影響を及ぼす可能性があるため使用しない。 |
マクロライド系 |
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クラリス、ルリッドはより改良された「ニューマクロライド系」と呼ばれる。 テトラサイクリン系が使用できない子供や妊婦に処方される。 |
ニューキノロン系 |
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成人ではテトラサイクリン系が第一選択薬とされており、子供の場合はマクロライド系を主に使用します。しかし、それぞれの抗菌薬に耐性を持った「耐性菌」が増えつつあるため、場合によって使い分けます。
服薬による治療はおよそ10日間から3週間です。完治の前に服薬を途中でやめると、再びクラミジアが増殖し、再発や症状が長引く原因になります。クラミジアは繁殖力が強いため、長い期間をかけて根絶する必要があるのです。
抗菌薬は錠剤や顆粒で処方されますが、症状が重い場合は点滴をおこなう場合もあります。点滴による治療を行う場合、約5日から2週間は入院しなければなりません。
対症療法
抗菌薬のほかに、咳や鼻水が激しい場合にはそれらを抑える薬も処方されます。肺の炎症が広範囲にわたり、呼吸がつらいときは酸素吸入を行うのです。また合併症が続発した場合は有効な抗菌薬やステロイドが用いられます。
子供が発症した場合、出席停止の規定はないので、症状が軽度であれば登園、登校は可能です。その際はほかの子供にうつしてしまわないようマスクを着用します。
予防
普段の生活から予防を心がけることで、クラミジア肺炎への感染を防げます。
トラコマチスは母子感染によって子供にうつります。女性が妊娠した場合は産婦人科か性病 科を受診し、出産前に適切な処置を受けましょう。
ニューモニエは飛沫感染によって広がります。手洗いやうがいなど、感染症の基本的な予防を日ごろから心掛けることが大切です。歯磨きで口の中を清潔にしておくのも効果的です。周囲の人や自身が感染しているかもしれない、というときはマスクを着用し、集団感染を防ぎましょう。
免疫が下がっていると感染、発症しやすく、重い症状につながるリスクも高まります。日ごろから十分な栄養や睡眠をとることを心がければ、感染症は防げるのです。
まとめ
クラミジアは性病のイメージが強いかもしれませんが、肺に感染してクラミジア肺炎を引き起こすこともあります。クラミジア肺炎を引き起こす細菌は2種類あり、それぞれ異なる感染経路を経て感染します。
トラコマチスによる肺炎の感染経路は、すでクラミジアに感染した母親から分娩される際の産道感染です。そのため新生児に特有の病気で、生後3か月以内に発症します。結膜炎や鼻炎から始まり、湿った咳や痰、そして多呼吸など呼吸器にまつわる症状があらわれます。
ニューモニエは飛沫感染によって広がり、集団感染が起こることもあります。発症するのはおもに14才までの子供、または高齢者です。成人の多くは抗体を持っており、感染しても発症することはあまりありません。しかし免疫が低下していると、世代を問わず感染、発症しやすくなります。
いずれも症状が風邪に似ていますが、高熱とならないのが特徴です。のどの痛み、痰や鼻づまりなどが起こり、激しい咳が長期にわたって続くこともあります。また、重い病気が併発することもあります。
画像検査ではX線をつかい、肺炎にかかっているかを確かめます。それから血液や痰を調べ、菌や抗体が存在しているかどうかで、クラミジア肺炎の診断を確定するのです。
クラミジア肺炎の治療は抗菌薬でおこわれます。咳や鼻づまりがひどい場合、症状に合わせた緩和剤も処方されます。再発を防ぐため、10日間から3週間の服薬が必要です。症状の重さによっては、入院して点滴を受ける必要があります。
トラコマチスの場合、妊娠している女性は検査を受け、適切な処置を受ければ子供への感染を防げます。ニューモニエは飛沫感染によって感染するので、手洗いや歯磨きなど衛生を意識しましょう。どんな病気にもいえることですが、健康に気をつかい、免疫を維持することが一番の予防になるのです。