
ニューモシスチス肺炎(にゅーもしすちす・はいえん)
せきや熱が出たり、体のだるさを感じるたりすると、多くの人は「風邪かな?」と思うでしょう。しかし、もしかすると、風邪よりも重い病気の前兆かもしれません。風邪に似た症状を起こす病気の1つが、「ニューモシスチス肺炎」です。
ニューモシスチス肺炎は、真菌(カビ)の一種であるニューモシスチス・イロベチイが、肺に感染して起こる病気です。発症するのは免疫が正常に働いていないときで、死亡のリスクを伴う重い症状を引き起こします。また、ほとんどの人がニューモシスチス・イロベチイに感染しており、無症状のまま保菌しています。そのため、免疫力が下がってしまうと、誰でも発症する可能性があるのです。
今回はニューモシスチス肺炎の特徴から、治療法や予防法まで解説していきます。
ニューモシスチス肺炎の病原体とその特徴

ニューモシスチス肺炎は、「ニューモシスチス・イロベチイ」と呼ばれる真菌(カビ)が、肺の中で増殖することで起こる病気です。病名はPCP(Pneumocystis pneumonia)とも略されます。
以前、ニューモシスチス肺炎は「カリニ肺炎」と呼ばれていました。それは、ニューモシスチス属の仲間である「ニューモシスチス・カリニ」が原因だと考えられていたからです。しかし現在では、ニューモシスチス・イロベチイが原因であるとわかったため、病名が改められました。なお、現在でもカリニ肺炎という呼び方が使われる場合もあります。
では、ニューモシスチス肺炎の特徴について見ていきましょう。
免疫力の低下で発症する日和見感染症

ニューモシスチス肺炎の大きな特徴は、日和見感染症であることです。日和見感染症とは、普段は害のない菌やウイルスが、免疫力の低下に伴って引き起こす病気です。
ニューモシスチス・イロベチイには、2歳から4歳までの間に、7割の人が感染するといわれています。体内にニューモシスチス・イロベチイが住んでいても、人体を病原体から守る免疫機能が働いているため、普段は発症しません。しかし、何らかの理由で免疫が著しく下がると、ニューモシスチス・イロベチイが肺の中で増殖をはじめ、肺炎を引き起こすのです。
ニューモシスチス肺炎が発症する原因は2つに大別できます。1つはHIVに感染すること、もう1つは免疫抑制剤を使うことです。2つの原因について順番に説明します。
HIV感染者の場合
ニューモシスチス肺炎は、HIV感染者がなりやすい病気です。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染すると、免疫細胞が破壊され、病原体に対する抵抗力がなくなってしまいます。そうなると、肺に潜伏していたニューモシスチス・イロベチイの増殖を抑えられず、肺炎の症状が起こるのです。
HIVに感染している人のおよそ4割が、ニューモシスチス肺炎になると推定されています。また、ニューモシスチス肺炎の発症がきっかけで、HIVに感染していることが判明するケースも多くみられます。
免疫抑制剤を使用している患者の場合
免疫抑制剤によって意図的に体の免疫を抑えていると、ニューモシスチス肺炎を発症する恐れがあります。臓器移植やリウマチの治療の際には、免疫抑制剤が使われます。これは移植した臓器に体が拒絶反応を起こすのを防いだり、リウマチの炎症を抑えたりするためです。しかし、体の免疫力が下がるため、体内に侵入した病原体を排除できなくなってしまうというリスクが伴います。体の抵抗力が弱まったことで菌が繁殖をはじめ、ニューモシスチス肺炎を併発することがあるのです。
謎の多い病原体
ニューモシスチス・イロベチイについては、いまだに解明されていない部分が多くあります。なぜなら、ニューモシスチス・イロベチイが繁殖できるのは人の肺だけだからです。培養して観察できないため、研究があまり進んでいません。そのため、ニューモシスチス・イロベチイが自然界でどのように生きているのか、どのように人体に感染するのかも、いまだにはっきりしていないのです。人から人への空気感染が、唯一の感染経路であると考えられています。
ニューモシスチス肺炎の症状は風邪に似ている

ニューモシスチス肺炎にかかると、風邪のような症状があらわれます。代表的な症状は以下の3つです。
- 発熱
- 乾いた咳
- 呼吸困難
初期症状として、発熱と乾いたせきといった症状から、息苦しさを感じるようになります。これは、炎症によって肺が膨らむのが妨げられ、酸素を取り込みづらくなるからです。
まれに以下のような症状もみられます。
- 胸痛
- 気胸
- 気管支けいれん
- 血痰
また、病状が進行して呼吸困難がひどくなると、チアノーゼが起こります。チアノーゼとは、酸素不足が原因で起こる現象です。爪や唇を中心に、皮膚や粘膜が青紫に変色しはじめます。
ニューモシスチス・イロベチイが繁殖を続け、肺の機能が低下していくと呼吸不全になり、やがて死に至るのです。
免疫力が下がった原因によって病状の重さがかわる

ニューモシスチス肺炎は、原因がHIV感染か、他の免疫不全によるものかで、症状の重さや経過が変わります。HIV感染者が発症した場合は「HIV-PCP」、他の原因で発症した場合は「non-HIV-PCP」と区別されます。基本的な症状は同じですが、HIV-PCPのほうが症状が軽く、non-HIV-PCPはより重症化の危険があります。
HIV-PCP
HIV-PCPの症状の進行はゆるやかで、初期症状が出てから重症化するまでの期間は、およそ1カ月から2カ月です。発症してからニューモシスチス肺炎とわかるまで、平均40日かかったというデータもあります。HIV感染者に上述のような症状があらわれたとき、真っ先にニューモシスチス肺炎が疑われます。non-HIV-PCPに比べれば症状は軽いものの、HIV-PCPにかかった人の約10%から20%が死に至るとされているのです。
non-HIV-PCP
non-HIV-PCPはHIV-PCPに比べて重症化しやすく、死亡のリスクも高まります。発症すると急速に進行し、数日から数週間で重い症状を引き起こします。また、症状が重いにもかかわらず、肺の中に繁殖している菌の量が少ないため、発見が遅れることもあるのです。non-HIV-PCPの死亡率は30%~60%と高く、HIV-PCPよりも危険です。なぜnon-HIV-PCPの方が重症化しやすいのか、原因はよくわかっていません。
ニューモシスチス肺炎は、病状が進むほどに呼吸困難が悪化し、死亡のリスクが高まります。そのため、早期の発見と治療が重要です。次は、ニューモシスチス肺炎の検査法について触れていきます。
呼吸器科で検査する

上述の症状があらわれたら、呼吸器科を受診しましょう。肺の状態をみたり、体の中から菌を探したりして、ニューモシスチス肺炎かどうか見極めます。もっとも有効なのは内視鏡検査です。また、状況によって他の検査法が選ばれたり、複数の検査が組み合わせておこなわれたりします。
肺の組織から病原体を探す
患者の肺に内視鏡を通し、回収した表面の組織や液体の中からニューモシスチス・イロベチイを探します。内視鏡とは、以下の写真のようなものです。
ニューモシスチス肺炎の検査で主に用いられるのは、「BAL(肺胞洗浄)」と呼ばれる方法です。内視鏡を通して生理食塩水を流し、肺の中を洗浄します。洗浄に使った食塩水を回収し、菌が含まれているか調べるのです。内視鏡を肺に通す際はのどに麻酔がかけられます。検査前の4時間と検査後の2時間、飲食は禁止です。
内視鏡検査の欠点は、non-HIV-PCPでは肺のなかの菌が少ないため、菌を検出できない可能性があることです。また、症状の進行によっては呼吸状態が悪く、内視鏡を通すのが難しい場合もあります。
血液検査であらわれる物質

ニューモシスチス肺炎かどうかを調べるには、血液検査も有効です。血液中にはさまざまな物質が含まれており、病気にかかると増えたり減ったりします。また、普段は血液中に存在しない物質が含まれることもあります。血中の物質を調べることは、今どんな病気にかかっているかの指標になるのです。
以下は、ニューモシスチス肺炎の検査で確認する物質です。
発症時に血中で増加する物質
- CRP
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- 体内で炎症が起こると増加するタンパク質
- LDH
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- 臓器や呼吸器に異常が起こると血液中に流れるようになる
- KL-6
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- 肺炎が起こると増加するタンパク質
発症時に血中で減少する物質
- CD4陽性リンパ球
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- 免疫細胞の一種
- HIVに感染していると破壊されて減少する
- non-HIV-PCPの判別はできない
発症時に血中にあらわれる物質
- β-Dグルカン
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- 真菌の細胞壁を造っている成分
リストにある物質の中でも、β-Dグルカンは本来体の中に存在しないものです。そのため、ニューモシスチス肺炎の診断には、特に有用であるとされています。
画像検査で肺の異常を確かめる
画像検査では、X線やCTスキャンを使って肺の様子を確認します。画像検査は、肺に異常があるかどうかを確認するための検査です。
ニューモシスチス肺炎にかかっている場合、X線では肺の両側にすりガラスのような影が見られます。CTスキャンではすりガラス状の影の他にも、空洞状の影や嚢胞(のうほう)と呼ばれるふくらみがみられます。
ただし、これらの特徴は他の肺炎でも見られるため、ニューモシスチス肺炎かどうかは断定できません。写真のような病変が見つかれば、ほかの検査も併せておこなわれます。
ニューモシスチス肺炎の治療薬

ニューモシスチス肺炎は、基本的に飲み薬で治療します。薬によって3週間ほど治療すれば、ニューモシスチス肺炎は治るのです。ニューモシスチス肺炎の治療薬を以下の表にまとめました。
薬剤 | 特徴 | 主な副作用 |
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ST合剤 |
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ペンタミジン |
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アトバコン |
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以下より、表にある治療薬について、詳しく解説していきます。
ST合剤がもっとも有効だけど副作用が多い

ニューモシスチス肺炎の治療にもっとも有効で、まず最初に使われるのはST合剤です。しかし、ST合剤を服用した患者のおよそ9割に副作用が起こります。副作用で多くあらわれる症状は、発疹と電解質異常です。電解質異常とは、血液中のミネラルのバランスが崩れ、不整脈や手足のしびれなどが起こる症状です。そのほか、肝機能障害や発熱なども起こります。
電解質異常や肝機能障害なら軽い症状で済み、薬の服用を続けられます。しかし、発疹と発熱が起こった場合は症状が重く、ST合剤の使用が中止されることがほとんどです。副作用が重いため、ST合剤で最後まで治療ができる患者は、全体の4割弱と言われています。
副作用が重ければ別の薬に切り替えて治療

ST合剤の副作用が重く、服用が続けられない場合、ほかの薬によって治療します。
その際、まずは点滴薬のペンタミジンに切り替えられます。ST合剤に比べると効果が劣りますが、副作用が起こりにくいのが特長です。人工呼吸が必要なほど重症だったり、腸の吸収に障害があったりと、飲み薬が使えない場合にも用いられます。次に有効な薬がアトバコンで、ST合剤とペンタミジンが体質に合わない患者に使われます。
ニューモシスチス肺炎の治療には副作用を伴うことがほとんどです。薬を飲んでいて体に異変があれば、症状が重くなる前に医師に相談しましょう。
ニューモシスチス肺炎は薬で予防できる

HIV感染や免疫抑制剤の影響で、体の免疫力が低いとわかっていれば、薬の服用でニューモシスチス肺炎を予防できます。免疫力が回復するまで薬を服用することで、ニューモシスチス・イロベチイの日和見感染を防げるのです。予防に使われる薬は、治療薬でもあるST合剤やペンタミジンです。ほかにも、ダプソンという吸入薬があります。予防が必要かどうかの基準は、免疫が低下している原因によって異なります。
HIVに感染している場合

HIV感染者の場合、CD4陽性リンパ球数の数値によって、薬でニューモシスチス肺炎を予防するかどうかが決まります。CD4陽性リンパ球数とは、体の免疫力の高さを示す数値です。
免疫機能が正常な人の数値は、500/μlから1200/μl(マイクロリットル)とされています。HIV感染者がニューモシスチス肺炎を薬で予防する基準値は、CD4陽性リンパ球数200/μlです。この基準値を下回ればニューモシスチス肺炎の予防薬を使いはじめ、基準値を上回るまで続けます。CD4リンパ球数が200/μlの基準値を上回った状態が、3カ月以上続けば予防は完了し、薬の使用も終わります。
免疫抑制剤を使用している場合

免疫抑制剤を使用している人が、ニューモシスチス肺炎の予防をおこなう基準は、はっきりと決まっていません。それぞれの病気や患者の状態によって、ニューモシスチス肺炎の予防薬の必要性、服用する期間などが検討されます。
たとえば臓器移植をおこなった場合、拒絶反応を防ぐために免疫抑制剤を使用します。その間にニューモシスチス肺炎を発症する恐れがあるため、移植後の6カ月から1年は予防薬の使用が必要です。リウマチなどの膠原病なら、1カ月以上ステロイド薬を使う場合に、予防薬を使用するかどうかが検討されます。また、免疫抑制剤をいくつか同時に使う場合にも、同じく予防が検討されるのです。
免疫が低下していると、ニューモシスチス・イロベチイに自力で抵抗できません。免疫が回復するまでは、薬を使って菌の増殖を抑え、体を守るのです。
ニューモシスチス肺炎のまとめ
ニューモシスチス肺炎は、真菌のニューモシスチス・イロベチイ」が引き起こす日和見感染症です。はじめは乾いたせきや発熱、息苦しさからはじまり、進行していくと呼吸困難になります。ニューモシスチス肺炎の症状は、HIV感染者は軽症で済み、免疫抑制剤などで免疫力を下げている患者は重症化します。悪化すれば死に至る病気なので、早めに気づいて治療を受けることが大切です。
ニューモシスチス肺炎は飲み薬で治療できます。また、免疫が著しく下がっているとわかっていれば、薬による予防もできます。HIV感染や免疫抑制剤で体の抵抗力が落ちているときは、ちょっとした体の不調にも注意が必要です。せきや発熱に加えて息苦しさを感じたら、呼吸器科で検査を受けましょう。早めに治療を受ければ、ニューモシスチス肺炎は完治します。